体験型経営学教育のための教員養成計画
経営体験型シミュレーション教育の全国FD展開
横浜国立大学経営学部が推進する本テーマは,
文部科学省平成19年度特色ある大学教育支援プログラムに採択されました.
1.本取組の概要
ビジネスゲームを用いた体験型シミュレーション教育は,学生のモチベーションを高め,主体的参加機会を増大する効果が大きい。本学経営学部では,従来からの経営学教育を補完し,教育効果を高めるための重要な手法として位置づけ,平成13年度よりICT(情報コミュニケーション技術)を活用したビジネスゲームによる体験学習を開始し,学内では他学部向けの教養教育も提供し,また他大学での利用も20校を超えるまでに拡大してきた。
この体験型の教育手法を活用できる教員を,さらに全国的に養成するために,
@ビジネスゲーム教材の利用・改造・新規開発のための3段階教育プログラムの開発,
A教員支援のための人的ネットワークであるコンソーシアム結成,
B教材の再利用促進や授業ノウハウ交換のためのインターネットサイト構築,
を行い,学内および全国の経営系大学(経済・商学・経営工学等)へのファカルティ・ディベロプメント(以下,FD)を推進する。
2.本取組の実施プロセス
企業経営のように複雑な要因が絡み合った事象を学習するためには,個別の理論や手法の講義だけでは十分ではないため,実際の企業事例をもとにしたケースの討議を通じてさまざまな視点から深い理解を得ることが一般的である。しかしそれだけでは,得られた知識を体得することはできない。これを補完するために,擬似的な経営体験を通して確かめながら知識を身につけていく手法が必要である。そのための手法としてビジネスゲーム(経営者・管理者の意思決定能力の訓練方法の1つであり現実の企業経営を模したモデルを設定し、商品開発・生産・販売・設備投資などに関する意思決定を行い業績を競い合う。)を採用した教育プログラムを開発し,学内から始めて学外まで拡大してきた。
本学経営学部では,この取組を従来からの経営学教育を補完し,教育効果を高めるための重要な要素としてとらえ,経営学部内での浸透をはかると共に,教養教育の一環として他学部にも提供し,さらに全学FDシンポジウムの個別セッションで模擬授業を実施するなど,積極的に推進している。現在,本取組に関連した授業は7科目(各2単位,選択科目)であるが,今後さらに増加する予定である。
平成13年度に第1歩として,学部3年生向けの専門科目「ビジネスゲーム」を開講した。学生からは高評価を受け,より早い年次からの開講の要望にもとづき,平成15年度から学部1年生向けの経営学入門のための,よりやさしい科目として「グループ思考システム論」を開講し,ビジネスゲームを用いてグループ学習を行い,経営学専門科目学習の動機づけをはかっている。平成18年度には他学部1年生向けの教養教育科目「アカデミックトーク」を開講し,ビジネスゲームを中心にグループ討議やプレゼンテーションを含めた基礎力養成を実施している。この間に,経営系大学院までの一貫性・連続性ある授業展開を考慮して,学生自身がビジネスゲームを開発することで企業モデルの分析を行う授業「ビジネスモデリング」を大学院に開講した。これらの授業は学生から高い評価を得て,さらに多くの関連科目の開講を要望されている。
この活動を通じて学内では導入希望教員に個別に支援を行い,学外では導入希望の大学を訪問し模擬授業を行ってきた。この活動に参加した学内・学外の教員から,教員の訓練,教材の整備,ノウハウ交換の仕組の開発等の体系的整備を要望されたため,教員を養成するためのFDを,学内だけでなく,全国の経営系大学(経済・商学・経営工学等)を対象として推進することとした。
3.本取組の特性
本取組は,経営学の理論面の教育を補完する体験学習効果の実現を目指すもので,経営学教育にとって必須の要素である。理論面の教育効果を補完するために,授業で教える理論や企業・業界をシナリオとしてビジネスゲームを個別に作成し,学生が授業で得た知識をビジネスゲーム上の経営で実践することにより,体験的に身につけることができるように工夫しており,学生からも高い評価を得ている。さらに,この教育効果を学内だけにとどまらせず全国普及を目指すための工夫として,全国規模での人的ネットワーク形成や,地域を超越するインターネット上の支援サイト構築を進めている。
ビジネスゲームの実施を通じて,学生は経営上の計画・実施・評価・改善(PDCAサイクル)やコンピュータツール活用,グループディスカッション,株主総会でのプレゼンテーションなどのスキルを高め,指示待ちではなく,自ら積極的に活動する態度を身につけることができ,社会性を涵養することができる。これによって,現代社会が大学に求めている「基本的なスキルをもち,高い意欲にあふれた人材の提供」という課題にこたえることができる。また,教育実践の地域間格差を解消するために,全国規模での人的ネットワーク形成や,地域を超越するインターネット上の支援サイト構築を進めている。
本取組では,直接的な学生育成を行うだけではなく,体験型経営学教育を実践することができる教員を養成することを目標としている。このために,@ビジネスゲームの利用・改良・新規開発の3段階教育プログラム,A地域の各大学に人的支援を行うための大学間コンソーシアム,BICTを活用した教員支援サイト(ビジネスゲームの開発と運用,教員間のノウハウ交換,教材の流通促進など),を構築する。
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4.本取組の組織性
本取組を推進するために,学部内に専門委員会を設置して,これを中心にビジネスゲーム等の教材やシステムの開発を進め,学部内のFD委員会および全学FD委員会と連携して,学部内・全学での啓蒙活動を実施している。また,他大学の教員とも対面およびeメールによる授業支援や情報交換を行っている。 これらの成果を報告会として学内学外に公表すると共に,学会発表や学会誌・書籍などへの掲載により,この取組の意義や価値の認識を高めるよう努力している。
また,経営学部情報センターの助手3名がシステム運営を支援している。さらに事務処理やシンポジウム開催の支援として経営学部研究推進室の助手4名の協力を得ている。授業を受講する側の学生は年間300名程度であるが,今後提供科目数の増加により拡大する見込である。また,学内での他学部への教育プログラム提供については,全学情報基盤センターの特別プロジェクトとして位置づけ,全学的な展開をはかっている。加えてFD活動として,学部内でのワークショップを開催するほか,全学FD委員会の協力を得て,模擬授業などの啓蒙活動を行っている。
学外との連携としては,他大学20校の利用教員25名程度が参加している。
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5.本取組の有効性
本取組の経営体験型学習により,学生の主体的参加機会が増大した。この結果,教育上の効果として,@PDCAサイクルの実施能力(経営計画を立案し,事前分析を行ってから経営の意思決定をし,その結果を分析して次の意思決定にフィードバックする),Aコンピュータツールの実践的活用能力(EXCELを用いたデータ分析や損益分岐点分析など),Bグループディスカッション能力,Cプレゼンテーション能力など,問題解決型人材に必要となる実践的能力が向上した。本取組に参加して経営体験型授業を実施した学内・学外の教員にヒアリングを行ったところでは,従来の授業と比較した学生の主体的参加面での差異を高く評価している。
体験型教育の効果を測定するために,FDの一環である授業評価アンケートを利用している。授業評価アンケートによれば,学生は本取組による授業に高い評価を与えている。また,1学期間の授業開始直後のレポートと授業終了時点のレポートとの差異比較を行って評価方法とすることを試行している。
今後の活動においては教育効果を測定する評価方法にも工夫を加えたものを開発する計画であり,@学生による授業評価アンケート,A授業前後のスキルアップ測定方法,Bインターネットサイト上でのユーザ評価(教員,学生によるソーシャル・レーティング)などを実現する。
学生の授業終了時点のレポートでは以下のような感想が述べられており,同様の授業をまた受講したいとしている。
大学で学ぶ授業科目の必要性が理解できた。
企業経営のイメージがつかめ,経営にはバランスが必要だと感じた。
コンピュータツールを利用して,計画を立てて経営ができるようになった。
ディスカッションやプレゼンテーションなどのコミュニケーション能力が高まった
また,教員については,すでに本取組に参加した者は,学生のモチベーションの高さを評価し,さらに多くの授業への適用を計画している。また,現時点で未参加の者も,学内FD活動での模擬授業に参加するなど関心が高まっている。
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6.今後の実施計画
本取組を実現するためのコンピュータシステムの基本部分は完成している。また,このシステムを活用できる人材も,本学および他大学に30名程度育成済みである。今後は,以下の1)から3)の教育支援システム(人と物を含めた)を整備,実施する。
1)3段階教育プログラムの開発
教員養成のために次の3段階プログラムを開発し,各段階における教育の質の保証を確保する。これにより学生の学習進度に合わせた適切な指導が可能となる。
第1段階(初級):既存ビジネスゲームの利用
初級者の教員が既存のビジネスゲームを利用して経営学入門の授業が行えるように,模擬授業による教育訓練を行う。
教材:ビジネスゲーム,教員用マニュアル,学生用マニュアル
第2段階(中級):既存ビジネスゲームの改造
中級者の教員が既存のビジネスゲームの一部を改造して,専門科目を深く理解させるための個別のビジネスゲームが実施できるように,ビジネスゲーム改造演習を行う。
教材:ソースコード,言語マニュアル,改造マニュアル
第3段階(上級):新規ビジネスゲームの開発
上級者の教員が専門科目を総合化した企業分析のためのビジネスゲームを新規開発できるように,ビジネスゲーム開発演習を行う。
教材:開発マニュアル,サンプルゲーム,ワークシート
2)ビジネスゲーム・コンソーシアムの結成
体験型経営学教育の普及のために,既存のビジネスゲーム利用大学を地域ブロックごとの幹事校としてビジネスゲーム・コンソーシアムを結成する。この幹事校を中心に,さらに各都道府県に拠点大学を育成し,大学間ネットワークのノード校とする。これにより,各地域のノード校が地域内の大学と対面して指導育成できる人的支援体制を整備し,3)のビジネスゲーム・ネットサービスによるノウハウ交換支援と両面で本取組の参加者をサポートすることが可能となる。
このコンソーシアム結成のために,本取組の重点活動の1つとして,各都道府県において順次,集合形式でのFD大会(チュートリアル)を実施する。
3)ビジネスゲーム・ネットサービスの提供
全国の経営系大学の教員が,各自の授業に合わせたビジネスゲームを開発・運用し,ノウハウや教材を共有・交換するのを支援するためのインターネット上のサイトであり,次の機能を持つ。
ビジネスゲーム開発・運用支援機能
(基本部分は開発済みであり,さらに強化する。)
目的:各教員が独自のビジネスゲームを開発,運用する。
機能:
a.ビジネスゲームのソースコード編集
b.ビジネスゲームのオブジェクトコード自動生成
c.ビジネスゲームのデバッグ
d.ビジネスゲームの実行
e.教員および学生間のコミュニケーション(掲示板)
f.課金(今後の検討課題)
教材の管理・流通支援機能(新規開発)
目的:各教員が開発した教材を登録する。他の教員が開発した教材を利用する。
機能:
a.教材の登録(アップロード)
b.教材の検索
c.教材の利用(ダウンロード)
d.著作権の管理
e.課金(今後の検討課題)
教員間コミュニケーション支援機能(新規開発)
目的:各教員が授業実施や教材開発のノウハウを交換する。
機能:
a.テーマ別掲示板(授業方法,教材紹介,システム利用ノウハウなど)
b.ヘルプML(緊急な支援用のメーリングリスト)
c.FAQ(よくある質問と回答一覧)
評価支援機能(ソーシャル・レーティング)(新規開発)
目的:授業や教材の評価を行い,改良につなげる。
機能:
a.学生によるビジネスゲームの授業評価(5段階,自由記述)
b.教員による授業評価・教材評価(5段階,自由記述)
c.ランキング(評価の高い授業や教材の紹介)
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図1 3階教育プログラム
図2 ビジネスゲーム・コンソーシアム
図3 ビジネスゲーム・ネットサービス
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